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さいたま市:東大宮駅 からだ掃除専門店:浄美セラピーPuananala(プアナーナーラー)女性専用・完全予約
岩松由紀子 プロフィール

 

プロフィール写真

プアナーナーラー 代表

セラピスト養成スクール講師・ボディセラピスト
岩松由紀子(いわまつ ゆきこ)1975年1月28日生まれ

 

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2012年「セラピスト養成スクール」新潟校卒業。

2012年「日本クリニカルセラピスト協会」へ加盟。

2013年「浄美セラピー銀座店」に勤務。

2013年「浄美痩身コース」修了。

2014年「プアナーナーラー」を開業。

2015年「協会さいたま地区長」に任命。

 

山形出身。ソフトボール・SMAP中居くん・ハワイが大好き。

20年間の会社生活をやめ「自分もみんなも健康で元気にそして笑顔にしたい!!」という思いで新たなサービス業へ転職。銀座サロンに勤務しながら39歳で独立。

 

 

【日本クリニカルセラピスト協会認定資格

■セラピスト養成スクール講師

■浄美セラピー初級

■浄美腸セラピー

■浄美ブレストセラピー

■浄美冷えとりリンパケア 

■セラピスト養成スクール ベーシックコース終了

セラピスト養成スクール 浄美痩身コース終了  

 

岩松由紀子の歴史

 

■生まれ

私の実家は山形県山形市の兼業農家。

会社員の父と美容師の母の長女として1975年1月28日に誕生(三姉妹)。
 
        集合写真
    
小学生の頃は習字・珠算・バレーボール・水泳と色々な習い事をして、すくすく伸び伸びと自由に育ちました。
 
 
 
■ソフトボール人生
中・高校生の頃はソフトボールに熱中。
高校三年生の時、地元国体があり強化選手として毎日辛い・苦しい練習に耐えみごと優勝。
正月も休まず遠征に行き勝つために努力し心技体を鍛えました。
 
会社に入社、実業団入り。
実業団でソフトボールを続ける為に、18歳で埼玉にある(株)松下電工(現、パナソニック)に入社。
仕事とソフトボールの毎日。
2年目に1部へ昇格。

 

   ソフト1  ソフト2
 
いつも回ってくる2ツーアウト満塁の打席。
そこで受けるプレッシャーに勝てずいつも打てない自分。
オリンピック選手もいるような本格的な実業団では沢山の悩みを抱え6年で引退。
 
 
長年続けたソフトボール。
学生時代もいれるとソフトボール漬けだった私は抜け殻となった。
 
その時に声がかかったのがクラブチーム(ENJOY'S)。
設立メンバーとして加入。
 
   ソフト3  ソフト4
 
今度は実業団のようなプレッシャーから解放された。
するとみるみると出る好成績。
1年目に全国クラブ女子ソフトボール大会でみごと優勝。
第3位→3回と実績あるチームに成長。
現在も選手として頑張ってます。
 
 
このソフトボールで学んだ事!!
・忍耐力
・プレッシャーの中で生き抜くこと
・リラックスすることの大切さ
・チームプレー(仲間との関係)
・楽しくやること
 
大切なこと沢山学びました。

 

 

 

■両親の早過ぎる死

2002年 母が胃がんのため(当時52歳)他界。

2004年 父が心筋梗塞のため(当時54歳)他界。

両親は若くして亡くなる。

母は健康にはかなり気を使っていたのに・・・。

 

 

 

■元気だった美容師の母

母はとっても元気な母でした。

ソフトボールの試合に来ては大声で叫んで応援してくれる母でした。

勤務美容師だった母は私が中学生の頃、自分で美容室の経営を始めました。

健康診断をいつもするのに、なぜか1年だけ健康診断をしませんでした。

「いつも胃が痛いのよね」と言っていた母。

突然胃がんが見つかりました。

 

 

ステージがすすんでいた進行型の胃がん。

余命は半年だと言われました。

 

 

山形の病院だと手術が出来ないと言われ東京の病院に入院しました。

父や妹たちは山形にいたが、母の定期的なお見舞いは関東にいる私が行きました。

 

 

      家族

 

 

ある日お見舞いに行くと母は

「目をつむるのが怖い」

「死にたくない」

「死ぬのが怖い」

そう私に言いました。

 

 

その時、私は・・・。

「お母さん大丈夫だよ。元気になるから・・・」

前向きの言葉をかけました。

内心胸が張り裂けそうになり泣きそうでした。

 

「ホントに死んじゃったらどうしよう」

「いなくなったらどうしよう」

でも一番辛いのは母。

 

母の前では明るく元気に前向きでいようと誓った。

 

 

母は病気がわかって1年半で他界しました。

 

母が残してくれたもの!!

・感謝の気持ち「ありがとう」

・思いやりの心

・家族の大切さ

 

この言葉は忘れません。

 

 

両親の死で改めて健康の大切さを知りました。

 

 

 

■新潟へ転勤

照明器具の製造現場をまとめるリーダーとなる。

また埼玉の時と違って仕事に追われる日々。

毎日残業で遅いと22時まで働き体もクタクタ。

頑張っても終わらない、忙しい、辛い・・・行きたくない。

 

 

ある日うつぶせで寝た時に胸に痛みを感じ、しこりを感じ会社の健康診断で

病気(乳ガン)がみつかる。

幸いにも良性。一瞬、死を意識しました。

無理して頑張ったのが原因。

病気になったのも自分と向き合う良いタイミングだった。

 

 

 

■新潟の先生との出会い

背中に鉄板しょってるくらい辛くてハリやマッサージなどに通う。

しかし一向によくならない。

友人の紹介で浄美セラピーを教えてもらい受けに行ったら驚くほど体が軽くなりビックリ。

これだ!と思い新潟校で浄美セラピーを習得。

 

 

自分の人生見直しだ!!

両親が亡くなった事もきっかけで人間いつ亡くなるかわからない。

今日かもしれない。明日かもしれない。

 

人生一度きり楽しく好きな事して生きよう。

 

退職を決心。

 

 

 

■関東に戻り銀座本店で資格を取得

退職を機に浄美セラピーの先生の近くにいきたい!と関東に戻る。

銀座本店(クリニックの一角)の先生から声がかかり共に働かしてもらえる事に。

 

新潟で習った基本セラピーをさらに深めるために

東京で腸セラピーや、ブレストセラピー、痩身など全身をより深くトリートメント出来る資格を学ぶ。

 

2年ほどで600人以上セラピーし技術力を高める。

 

 

■はなすこと

20年勤務した会社をやめたとき

家で一人でいると理由もなく涙がでてきて一人でいつも悩んでいました。

自分で決めた退職。

親との死別。

全て自分で我慢してました。

 

 

涙がただただ出る事に不安を感じ、勇気をもって友人に話してみました。

すると友人はただただ話を聞いてくれ原因は環境の変化や、将来への不安だとわかり

ただ友人に話をきいてもらっただけで一人でいる時間の涙が止まりました。

 

 

ただ話を聞く事。

 

サロンでは体を預けてもらうだけでなく、

日々の悩みなどもお客さまは話してくださいます。

プアナーナーラーでは顧客の情報を漏らすことなく、ただただお話を聞く事で

体だけでなく心もラクになってくださる事を願っています。

 

 

 

■独立

もともと自宅で自分のサロンをやってみたかったのもあり

また多くのお客さまの結果を出せるようになり自信に繋がったこともあり独立。

 

2014年4月1日にプアナーナーラーをオープン。

痛いけど結果の出せるがウリな浄美セラピー。

現在に至る。

 

 

今となっては、両親の死、自分の病気が機となり

心身ともに健康な人を増やしたい

病気になる前に気づいて欲しい

自分を大切にする人を増やしたい

そんな想いから、病気に負けない体をつくり健康な人を増やすを理念にサロンを運営しています。

 

 

 

 

 

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